『新・地底旅行』 奥泉光著

新・地底旅行 (朝日文庫 お 53-1)

新・地底旅行 (朝日文庫 お 53-1)

 『地底旅行』といえば、ジュール・ヴェルヌの傑作。個人的にはヴェルヌの小説の中で『ミステリアス・アイランド』と並んで最も好きな作品だ。
 この『新・地底旅行』は、「ヴェルヌの『地底旅行』の物語を現実の歴史と読み替え、さらに舞台を明治四十二年(1909年)の日本に置き換え、漱石風の文体で物語る」(巻末の巽孝之氏の解説)というもの。
 さらにいえば、漱石の『我輩は猫である』の個性豊かな登場人物が顔をのぞかせるなど、ヴェルヌの物語世界と、漱石の『我輩〜』の物語世界が下地になって、その上に今回の『新・地底旅行』の物語世界が描かれている。二つの著名な小説を下地にすることで、地理的にも、歴史的にも、そして何よりも登場人物のキャラクターの造形においても、今回の物語の世界は大きな広がりもつ構造となっている。

 物語の世界が広く、ストーリーは娯楽性に満ちている。文体を味わう愉しみも大きかった。一つ一つの言葉を重ねることで着実に世界・人物が描かれていく。丹念さ、緻密さとともに、ひょう逸さも感じられて、さして本筋とは関係のないところでも、読んでいて心地よかった。