鋼の錬金術師 シャンバラを征く者

 20世紀初頭、第1次大戦に敗戦したドイツ帝国崩壊後のワイマール共和国。生活は徐々に復興されつつあったが、敗戦の後遺症から人心は定まらない。不満・不安感をエキスにするようにして、ナチスが静かに台頭し始める。
 乗り合い馬車が土煙をあげて、ある町に向かう。主人公のエド、ジブシー(ロマ)たちが乗っている。他人の記憶を読み取ることができるジブシーのノアとエドが出会う。そんなところからこの物語は始まる。
 そして、その世界では「錬金術」が使えない。つまり、現実世界のようである。

 テレビアニメ版の「鋼の〜」はの終わりは、エドとアルが錬金術世界と現実世界に離ればなれになるというシーンで幕を閉じたそうだから(ぼくはアニメは観ていない)、その続きともいえるのかもしれない。

 馬車がたどり着いた町にはアルフォンスがいる。アルは姿形は同じだが、この現実世界ではロケット工学を研究している。同じように、姿形・キャラクター設定は違えども、ブラッドレイ、マスタング、アームストロング、ヒューズなどおなじみのキャラクターたちがいる。錬金術世界と現実世界がキャラクター造形を通じてパラレルに存在しているのである。エドだけが錬金術世界から来た者として存在している。

 「トゥーレ協会」(ナチスの母胎となった秘密結社)を率いるエッカルト(神秘学者で、ヒトラーが信奉した人)が重要人物として登場する(ただし、男性ではなく女性として描かれている)。
 協会に異を唱えた人物としてホーエンハイムが登場する。ホーエンハイム錬金術世界から来たようだ。ここでのホーエンハイムは歴史上、トゥーレ協会の危険性を警告した代表な人物シュタイナーを模して描かれているようだ。

 エッカルトが、ナチス政権樹立に向け、別世界“シャンバラ”の力を求めて錬金術世界に侵攻を企てる。
 終盤、ナチスミュンヘンにおいて共和国打倒のクーデター事件を起こすが鎮圧され、未遂に終わる。いわゆるミュンヘン一揆である。

 …と、この作品の世界は、とても緻密に練られ、そして重層的に描かれている。現実世界といったって、事実そのままではない、いわば仮想現実世界である。しかし、その仮想現実世界を設定することでリアリティが増す。しかも、その時代設定がワイマール共和国統治時代のヒトラー台頭前夜。人々が根源的に持っているかもしれない民族的な欲求の怖さを描くには最もふさわしい時代設定ともいえる。
 その中でエドとアル、(個人的に大好きだからいうが)マスタングたちの生き方が希望となる。